時は1936年。
陸軍皇道派の影響を受けた青年将校たちが決起し時の重臣たちを殺害し、天皇親政を実現させようとした昭和史の大事件の直後のことであった。
そんなきな臭い事件が巻き起こっていたころ、遠く西へ離れた山陰の山間の村で一つの命が生まれた。父である。
父の父、つまり私の祖父は農業を営み、また村の郵便局にも勤めていた。
その祖父にとって男4人女4人の8人兄弟の4男というなんともコメントしがたい中途半端なポジションの子供として父は生まれた。
その後の人生の中途半端さを予見させるに十分なポジションである。
そのことについてどう思うか父に問うてみると「生まれたときは俺も末っ子だった」と本気なのか冗談なのか判別しかねる答えをした。
戦争は田舎で暮らす父の生活にも大きな影響を与えた、と小説であれば続きそうなものであるが、どっこい祖父は戦争には行かなかったらしい。正確に言うと戦争に行けなかったのだ。祖父は小さいころ母を失い、妹たちの面倒を見なければならず、そのストレスで19歳になっても身長が150センチなかった。そのため徴兵試験の健康診断で合格しなかったのだ。その後結婚してストレスから開放されたことで祖父の身長は20歳をすぎてぐんぐん伸びたのだという。正確にはわからないが、子供のころ見た祖父は170センチ程度の身長があったので20センチくらい伸びたらしい。
残念ながら父は兄を一人戦争で失っている。そのため戦争が父の人生に全く影響を及ぼしていないとは言えないのだが、それでも山に囲まれた田舎の村の生活には戦争の影響は割と少なかったようだ。「飛行機は飛んでいたのを何回か見たが、村が爆撃されたことは無い」らしい。
農家だったので食料も全く無いわけではなかった。戦中戦後に物々交換を求めて都会の人間も多く訪れたほどだったのだ。
そんな風にたまたま戦争に行かなかった祖父のおかげで父親はこの世に生を受け、世界の中心軸からは明らかに離れた辺境の村で過ごした。
暗い世相の時代に生まれたにしてはまったく威厳の無い軽い彼の人格はこのような土壌の中で培養された。
ラッキーであったというべきであろう。